蛾類学会コラム30 珍品イラガの紹介 「キンケウスバイラガ」
野中 俊文
私は現在、「日本のイラガ」を出版すべく、ここ数年日本のイラガ類を収集・研究しています。その過程で出会ったイラガ類の中でも、特に美しい種を紹介したいと思います。
皆さん、キンケウスバイラガ Pseudopsyche endoxantha Püngeler, 1914 をご存じでしょうか? 本コラムでは、これからのシーズンに先立ち、皆さんに標本採集の協力をお願いしたく、本種を紹介させていただきます。
キンケウスバイラガは、当初マダラガ科の一種として記載されました(Püngeler, 1914)。日本でも『日本産蛾類大図鑑』(井上ほか,1982)においてマダラガ科の一種として取り扱われてきました。
しかし、Owada & Hara (2002) により幼生期が解明され、幼虫の形態からイラガ科の一種であると判明しました。Solovyev (2008) や『日本産蛾類標準図鑑』(広渡ほか,2013)、『日本の小蛾類』(那須ほか,2023)などもこれに従っており、現在はイラガ科の一種として扱われています。
分 布
『日本産蛾類大図鑑』(井上ほか,1982)では、国外ではロシア南東部(タイプ産地はアムール地方)や朝鮮半島南部、国内では本州中部山地、四国、九州の山地での分布が示されていました。その後、Owada & Hara (2002) により北海道が追加されています。
具体的な記録としては、北海道(Owada & Hara, 2002;ウェブサイト「こんちゅう探偵団」)、青森県(同「青森の蝶たち」)、岩手県(菊池,1988, 2019)、東京都(関根,2017)、神奈川県(中島,1985;山口,2012)、山梨県(岸田,2025)、長野県(中村,1959;ウェブサイト「鱗音-scaletone-」)、愛知県(岡田,1993)、奈良県(西本,2017)、鳥取県(松井,2017)、愛媛県(中村,1959)、福岡県(宮田,1983;『福岡県の希少野生生物』)、鹿児島県(ブログ「南九州昆虫記」,2019, 2020)などがあります。
私の手元には、長野県(1994年採集)と岩手県(2025年採集)の標本があります。また、2025年には青森県の白神山地からの記録も確認しています。
図1 キンケウスバイラガ(♂ 5月北海道)
図2 キンケウスバイラガ(♀ 5月岩手県)
出現時期
『日本産蛾類標準図鑑』(広渡ほか,2013)や『日本の小蛾類』(那須ほか,2023)では、成虫は5~6月に出現するとされています。これまでに入手した資料から各記録のデータを整理すると、最も早い記録は4月19日(福岡県朝倉市)で、以下順に4月25日(神奈川県相模原市)、5月3日(青森県八甲田、愛媛県松山市)、5月4日(神奈川県箱根町)、5月7日(福岡県英彦山、東京都奥多摩町)、5月13日(岩手県久慈市)、5月15日(山梨県須玉町、岩手県花巻市)、5月17日(奈良県十津川村)、5月19日(長野県大町市)、5月20日(青森県白神山地、愛知県旧東加茂郡)、5月21日(岩手県和賀郡)、5月30日(鳥取県鳥取市)、6月9日(長野県上高地)となっています。北海道では6月の記録(堀・桜井,2015)もあり、多くは5月中旬に集中しています。
各記録における採集時の様子では、雌が植物や構造物に静止していたり、ふらふらと飛んでいる個体をネットインしたりした報告がありますが、そのほとんどが雌の記録です。ネット検索などでは、交尾写真(ウェブサイト「鱗音-scaletone」)や雄の記録(同「青森の蝶たち」)も確認することができます。
これらの記録を整理すると、キンケウスバイラガは全国的に分布しているものの、各地での出現は春の短い期間に集中しています。活動期間が短いことに加え、翅が半透明で蛾には見えないことなどから、なかなか目にする機会が少ないのだと思います。ギフチョウやヒメギフチョウが生息している地域などでは、発生時期が重なる場所も多いのではないでしょうか。
前述した記録のある都道県だけでなく、その他の多くの府県でも今後確認される可能性は高いと考えられます。
食樹等
Owada & Hara (2002) による幼虫の飼育記録によると、北海道では幼虫や蛹は7月に確認されており、シラカンバ Betula platyphylla、ダケカンバ Betula ermanii(以上カバノキ科)、ドロヤナギ Populus suaveolens(ヤナギ科)で飼育されています。ただし、神奈川県などの記録地にはこれらの樹種が分布していないことや、イラガ類は広食性の種が多いことから、ブナ科をはじめとした他の植物も食樹として利用している可能性が高いと考えられます。
皆さんこの春、ぜひキンケウスバイラガを探してみてください。そして、確認・採集された方は、ぜひ私にご一報いただけると幸いです。
引用文献等
ネット情報
青森の蝶たち(https://ze-ph.sakura.ne.jp/zeph-blog/index.php?e=1153(20260406アクセス))
福岡県の希少野生生物(https://biodiversity.pref.fukuoka.lg.jp/rdb/rdbs/detail/202401469(20260406アクセス))
こんちゅう探偵団(https://moth2025.hatenablog.com/entry/2013/10/26/170000(20260406アクセス))
南九州採集記(https://blog.goo.ne.jp/act3_gogogo/e/acf8a7c8e033ae922225774f072d9b76(最終アクセス20250421、現在はアクセス不可)
鱗音-scaletone-(https://rinne-scaletone.themedia.jp/posts/55882253(20260406アクセス))
文献類
広渡俊哉 (編), 2013. 日本産蛾類標準図鑑 3. 358 pp. 学研教育出版, 東京.
堀 繁久・桜井 正俊, 2015. 北海道の蝶と蛾. 335 pp. 北海道新聞社, 札幌.
井上 寛・杉 繁郎・黒子 浩・森内 茂・川辺 湛, 1982. 日本産蛾類大図鑑. 全2巻. 講談社, 東京.
菊池恭司, 1988. キンケミノウスバを採集. Celastrina, (20): 146.
菊池恭司, 2019. キンケウスバイラガの追加記録. 岩手蟲乃會會報, 46: 12.
岸田泰則, 2025. 山梨県の蛾類目録. 誘蛾燈 Supplement 18, 88 pp.
松井悠樹, 2017. 鳥取県でキンケウスバイラガを採集. やどりが, (255): 42.
宮田 彬, 1983. 蛾類生態便覧 (上巻). 482 pp. 昭和堂印刷出版事業部, 諫早.
中島秀雄, 1985. キンケミノウスバ箱根に産す. 蛾類通信, (131): 92.
中村正直, 1959. 美しい蓑薄翅の一種、キンケミノウスバ(新称)に就いて. 蝶と蛾, 10 (1): 2–5.
那須義次 (編), 2023. 日本の小蛾類. 192 pp. 学研プラス, 東京.
西本雄一郎, 2017. キンケウスバイラガを奈良県で採集. 月刊むし, (559): 52.
岡田正哉, 1993. キンケミノウスバを愛知県で確認. 佳香蝶, 45 (173): 71.
Owada, M. & Hara, H., 2002. Immature stages of Pseudopsyche and Austrapoda (Lepidoptera, Limacodidae). Tinea, 17 (1): 1–9.
Püngeler, R., 1914. Neue paläarktische Macrolepidopteren. Deutsche Entomologische Zeitschrift Iris, 28: 37–62.
関根秀明, 2017. キンケウスバイラガを東京都で採集. 月刊むし, (554): 44.
Solovyev, A. V., 2008. The limacodid moths (Lepidoptera: Limacodidae) of Russia. Eversmannia, 15–16: 17–43.
山口 茂, 2012. 神奈川県でキンケウスバイラガを採集. 月刊むし, (502): 7.
Last update: 9 Apr, 2026