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蛾類学会コラム22 北海道の魅力的なヤガ

前田大輔

北海道では3000種強の鱗翅目昆虫が記録されており、本邦における特産種も少なくない。今回はその中でも筆者が特に力を入れて採集している(狭義の)ヤガ科についていくつか紹介する。

シベチャキリガ(Fig. 1)

Fig. 1 シベチャキリガ

北海道を代表する蛾の一つといってもよいだろう。その洗練された美しさにはため息が出るばかりだ。4月の末ごろ、ホストであるホザキシモツケが群生する湿地周辺の疎林で得ることができるが、低山地のガレ場のような環境でもごく少数採集されているようだ。発生地での個体数はそれなりに多く、条件の良い日には多数の個体が糖蜜やライトにやってくる。

クモガタキリガ(Fig. 2)

Fig. 2 クモガタキリガ

Fig. 3 早春の泥炭湿地

北海道の珍品キリガと言えばまずヒダカミツボシキリガが思い浮かぶだろう(前回コラムもご参照ください。『蛾類学会コラム9 ヒダカミツボシキリガと僕』)。その陰に隠れがちだが、本種も押しも押されもせぬ珍品であることは間違いない。道東および道北のヤチヤナギが生える泥炭湿地(Fig. 3)にのみ生息しているが、早春の湿地は強風や低温など、往々にしてコンディションに恵まれず、何度も辛酸を舐めさせられた覚えがある。初めての邂逅は2016年の春。暖かな霧の夜、ひっそりと幕に訪れた本種の姿を認めたときは天にも昇る気分であった。糖蜜に誘引されたという話は聞いたことがない。

カラフトシロスジヨトウ (Fig. 4)

Fig. 4 カラフトシロスジヨトウ

Fig. 5 アカエゾマツ林を流れる河川

根室半島、蛇行した河川が流れるアカエゾマツの林内(Fig. 5)。日本離れしたその光景はさながら北方のタイガのよう。そんな場所にこの蛾は生息している。ただしその環境ゆえ、本種を採集しようとする者には夥しい数のヌカカを始めとする吸血昆虫との応酬が待っている。7月の肌寒い夜、少し歩いただけでずぶ濡れになるような濃霧の中現れた。おそらく6月末ごろから発生するものと思う。

エゾサクラケンモン(Fig. 6)

Fig. 6 エゾサクラケンモン

初夏、標茶のキャンプ場の外灯にて見慣れない蛾を見つけた。一目で珍品であると確信し、調べてみると本種であることが分かった。図鑑「北海道の蝶と蛾」の著者のひとり、櫻井正俊氏に問い合わせてみたところ、ごくわずかな標本しか見たことがないとのことであった。しかし後に、釧路市博物館で標茶の研究家であった故飯島一雄氏のコレクションの中に十数頭の本種が収まっているのを見て度肝を抜かれることになる。

ユーラシアオホーツクヨトウ(Fig. 7)

Fig. 7 ユーラシアオホーツクヨトウ

ずいぶんと大仰な和名だが、その辺りには深い(?) 事情があるらしい。大型種であるにもかかわらず比較的最近発見されたため、牧草由来の移入ではないかとの噂がある。筆者は道東、道北のあらゆる環境で採集しているが、徐々に分布を広げているらしく最近では道央でも得られているとか。

ムラマツカラスヨトウ(Fig. 8)

Fig. 8 ムラマツカラスヨトウ

和名は北見の研究家、村松詮士氏への献名。オオウスヅマカラスヨトウを一回り大きくし、メリハリを無くしたような冴えない感じの蛾だが、少ない種のようで近年採集されたという話は聞かない。北見のコンビニの水銀灯に集まっていたカシワマイマイの大群の中に一頭だけ混じっているところを見つけた。

エゾキンウワバ(Fig. 9)

Fig. 9 エゾキンウワバ

トリカブトをホストとするキンウワバ。その独特な斑紋と色彩には他に例がなく、非常に上品な印象を受ける。特別珍しい蛾というわけでもないが、狙って採集するのはなかなかに難しい。

オーロラヨトウ(Fig. 10)

Fig. 10オーロラヨトウ

Fig. 11 高山帯を望む山麓

某氏曰く「名前だけは綺麗なドブ色の蛾」。生息地のイメージからくる命名だろうか。まさにオーロラが見られてもおかしくないと思うような大雪の高山帯を望む山麓でのライトトラップに一頭だけ飛来した。高山帯でのライトトラップであれば多数採集できるのかもしれない。

フルショウヤガ(Fig. 12)

Fig. 12 フルショウヤガ

Fig. 13 ハマニンニクの生える海浜草原

北海道の短い夏が終わるころ、ハマニンニクが群生する海岸(Fig. 13)に現れる白銀のモンヤガ。その格調高さは標準図鑑の解説にも「外見は胸背が大きく前翅とともに灰銀色に黒条線と非常に締まった印象がある」と言わしめるほどである。生息地での個体数は少なくなく、かなりの強風もものともせずライトに飛来する。場所と時期さえ間違えなければ、本種に出会うことは難しくないだろう。

キタミモンヤガ(Fig. 14)

Fig. 14 キタミモンヤガ

フルショウヤガと同じく初秋に出現する。大陸に広く分布するが、日本ではなぜか北見地方周辺でしか得られていない謎の多い蛾である。縦に引き伸ばしたアルファベットの「S」状の内横線が特徴で、派手さはないが高級なベルベットのような質感が美しい。自然度が高い場所よりも、農地の周辺など攪乱環境の方が多く見かける印象がある。

ノコスジモンヤガ(Fig. 15 , 16)

Fig. 15 ノコスジモンヤガ

Fig. 16 ノコスジモンヤガ(黒化型)

これまた初秋に現れるモンヤガである。湿地でのライトトラップで得られるが、筆者は糖蜜でも少数採集している。個体数は普通。あまり知られていないが、根室半島の高層湿原では黒化型が採集されており、その黒さたるやほとんど別種に見えるほどである。

ネムロウスモンヤガ(Fig. 17 , 18)

Fig. 17 ネムロウスモンヤガ(道東産)

Fig. 18 ネムロウスモンヤガ(道北産)

こちらは早春にのみ現れる湿地性のモンヤガ。一見地味に見えるが新鮮な個体は鈍い銀色の光沢を湛えており、得も言われぬ魅力がある。道東では紫のかった濃褐色、道北ではやや明るい赤褐色の個体が多いようだ。おおむねクモガタキリガと同じような環境で得られるが、こちらは当たりさえすれば多数の個体がライトに飛来する。ただし発生時期は非常に短いらしく、新鮮な個体が採れるチャンスは年に1週間もないように思う。道外に住む蛾屋がこれを採集するのは至難の業だろう。

今回紹介した種のほかにも、北海道には多くの特産種が生息している。また近年道北において国内初記録のホッカイセダカモクメが採集されるなど、興味深い新知見が得られており、楽しみは増えるばかりだ。

読者の皆様も、ぜひこれらの魅力的なヤガに会いに北海道に来てみてはいかがだろうか。

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Last update: 23 Jun, 2019