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蛾類学会コラム9 ヒダカミツボシキリガと僕

前田大輔

Fig.1 ヒダカミツボシキリガ(筆者採集)

ヒダカミツボシキリガ(以下、ヒダカ)という蛾がいる。北海道にはミツボシの名を持つキリガは他に2種、比較的よく見かけるエゾミツボシキリガ、その名の通り樺色が鮮やかなカバイロミツボシキリガがいるが、本種は日高地方のごく限られた地域でのみ(国外には韓国の記録もある)、それもごく少数しか得られていないという国産キリガの中でも屈指の珍品だ。そんなヒダカに初めて挑んだのは、北海道に移住してからちょうど3年目、2015年の春だった。

当時網走市在住であった僕は、道東で採集できるキリガをあらかた採り尽くしてしまい、次なる目標を欲していた。そんなとき思い当たったのがヒダカの採集だった。無謀であることは承知していたが、湧き上がる衝動を抑えることができず、網走からおよそ6時間、ほぼ北海道を縦断する形で産地へ赴いた。が、案の定ヒダカは箸にも棒にもかからず終いであった。それもそのはず。現地で偶然会った千葉のベテラン蛾屋である藤平暁氏ですら10年近く通って採れていないというのだ。だが、採れなければ採れないほど燃えるのが蛾屋というもの、その情熱に感化され再戦を誓い、帰路に付いたのだった。

翌年の2016年4月、リベンジを果たすべくふたたび日高地方へ向かった。今度は採れるまで帰らない覚悟で挑む長期戦である。
キリガの採集には糖蜜採集が有効である。しかし、その匂いがヒグマを惹きつけてしまうリスクもあるため、北海道での糖蜜採集は文字通り命がけだ。
そして採集を終えた後は簡単に食事を済まし、狭い車中で寝袋と防災用のアルミシート、使い捨てカイロを駆使して寒さをしのぎながら眠りに就く。キリガが活動する時期とはいえ、4月の北海道は夜半を過ぎると氷点下近くまで気温が下がることもしばしばだ。ヒダカが採れるか、こちらの心が先に折れるかの根競べである。

Fig.2 ヒダカミツボシキリガ(生態写真)

そんな生活が何日か続いた4月18日、日没直後のことだ。いつものように仕掛けた糖蜜の見回りを始めてすぐ、何の変哲もない道端のヤナギに来ていたエゾよりも一回り小さく、樺色でもないミツボシのキリガに一瞬で目が奪われた。紛れもないヒダカである。本来であれば迷わず「採る」を選択すべき場面だが、冷静さを失った僕は生態写真を「撮る」欲に勝てずカメラを手にし、シャッターを切った。こうしておそらく史上初めてヒダカの生きた姿を写真に収めたのだったが、それを毒ビンに収めるべくもう一度そこに目をやると、いない。シャッターの光に驚きポロリと落下してしまったのだ。僕は背筋が凍る思いで地面に這いつくばり、捜索に当たった。
幸いなことに、ヒダカはすぐに見つかり、蛾屋人生最大とも言える失態は犯さずに済んだ。かくして僕は片手の指に収まるほどしかいないヒダカ採集成功者の仲間入りを果たすことができたのである。おおよそ10年ぶりの記録だ。興奮とも安堵ともつかない何とも言えない感情に包まれたことを覚えている。

しかし、ヒダカへの挑戦はまだ終わらない。ヒダカが属するEupsilia属は秋に羽化し、翌年の春まで越冬してから活動を再開するのだが、越冬前のヒダカの新成虫はまだ誰も目にしたことがない。それを手にするのが当面の目標だ。

然して特殊な環境とも思えない日高の山地にのみひっそりと暮らしているヒダカミツボシキリガ。いずれ別の場所でも見つかりそうな気もするが、どちらにせよ僕と彼らとの関係はまだしばらく続きそうだ。

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Last update: 14 May, 2018