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蛾類学会コラム29 正体不明の蛾の幼虫から考える社会課題と、私の歩み 

片田 陽依

 俳優という職業柄、よく花束をいただきます。「花よりダンゴムシ」な私ですが、先日いただいた花束は、私にとって大当たりでした。玄関に飾っていたその花束から、見たことのない一匹のイモムシが現れたのです。

(Fig.1 正体不明の蛾の幼虫)



 特徴的な姿ですが、図鑑やインターネットの文献で調べても一致するようなイモムシは見つかりませんでした。そこで、SNS上で有識者に意見を求めたところ、その形態からコブガ科リンガ類によく似ていることが分かりました。


 いくつかの植物を与えてみたところ、イモムシが選んだのはカラスウリの葉。むしゃむしゃと食べる姿がなんとも言えない可愛らしさで、羽化を心待ちにしていましたが、残念ながら途中で死んでしまい、種類までは分からずじまいでした。
 

 なぜ私がここまで執拗にイモムシの正体を知りたかったのか。それは、この個体をどう扱うべきか判断したかったためです。その背景には、ある大きな懸念がありました。外来種である可能性です。 

 花束は、輸入されたものも多く流通しています。輸入された植物に紛れてやってきたのであれば、外来種である可能性も大いにあると思います。

 例えばこのイモムシを「かわいそうだから」という善意で外に逃がした場合、どうなってしまうでしょう。可能性は低いものの、交雑による遺伝子汚染、定着した場合の在来種との食べ物や生息場所の競合など、予測しきれない悪影響を及ぼす恐れがあります。これは、国外から来た生き物に限った話ではなく、国内であっても、異なる地域の生き物を別の場所に放つことで、生態系のバランスを崩してしまうことがあるのです。しかし、こうした認識は、一般的に広く知られているとは言えない状況だと思います。

 昆虫は、私たち人間にとってあまりにも身近な存在。野山はもちろん、都会の公園にも、家の中にも現れます。専門家でなくても日常的に接する機会が多いため、あらゆる判断も個人に委ねられます。

 しかし、生態系は私たちが想像する以上に繊細。たった一つの種の移動が、誰かのひとつの判断が、何億年もかけて築き上げられてきた生態系のバランスを壊してしまうこともあるのです。

 生物多様性を守るために、私に何ができるだろうか。
 その問いが、今の私の活動の原点になっています。

(Fig.2 昆虫図鑑の蛾のページ読む1歳の私)


 私は、 生まれた時から昆虫が大好きでした。奈良の自然豊かな地域で育ち、身近に見られる多様な生き物たちに心を奪われていました。図鑑を表紙が無くなるまで読み込み、外で見つけては飼育し、観察する毎日。知れば知るほど魅了され、その熱量は21歳になった現在も増すばかりです。

 中学生になった頃、昆虫が置かれている厳しい現実を知りました。『人間活動の拡大によって環境問題が深刻化し、世界中の昆虫が急速に減少している』ということ。その一方で、周囲は虫が苦手な人ばかりで「虫なんて絶滅してほしい」という声さえ耳にしました。

 昆虫は、生態系においても、人間が生きるためにも、必要不可欠な存在。



 「昆虫の重要性をもっと多くの人に知ってもらえれば何かが変わるかも」



 現状を変えるために、14歳の私が思い付いた方法は、自分の声を届けるための場所を作ること。 テレビの向こう側、インターネットの向こう側で、昆虫の重要性を伝えることでした。両親に懇願し、15歳で親元を離れて東京での生活が始まります。

 余談ですが、私が本格的に蛾の沼に落ちたのは、この一人暮らしを始めたことがきっかけでした。誰にも縛られない自由を手に入れたことで、日が落ちてからも、早朝であっても自由に虫を探せるようになり、昼間は出会いにくい’夜行性の彼ら’にも出会いやすくなったのです。

 驚いたのは、都会の真ん中にある公園であっても、色鮮やかで美しい蛾たちが多様に暮らしていることでした。毎日同じ公園に通っていても、毎回違う種類の蛾に出会える。そんな尽きることのない多様性や、正面から見た時の可愛らしい顔に、私はすっかり虜になっていきました。



(Fig.3 撮影したお気に入りの蛾たち)


 そんな蛾の魅力にどっぷりと浸かる日々を送る中、いくつものオーディションを経て、俳優としてお仕事をさせていただけるようになりました。しかし、そこで思いも寄らない壁が立ちはだかりました。

 「俳優としてのイメージを守るために、人前で虫好きと言わないように」と、周囲から言われるようになったのです。

 大好きな虫の良さを伝えるためにこの世界に入ったのに、それを隠さなければならないなんて本末転倒。だけど、活動の幅を広げておけば、今はまだ虫に関心がない方々の元へ、その魅力や重要性を届けられる日が必ず来る。そのいつかを信じ、私は遠回りながらも表現者としての活動を続けました。
 実はその傍ら、密かに匿名の虫専用のSNSアカウント(Instagram @piyo_bug)を運営していました。そこで投稿したカイコの動画などが大きな反響を呼び、「虫は案外世間に受け入れられる」と周囲も理解してくれるように。虫好きを公言し、活動することを認めてもらえるようになりました。
そして2025年夏より、虫の魅力を発信するYouTubeチャンネル「ひよりの虫日記」を開設。21歳となった現在、俳優業と並行しながら、様々な場所で虫の魅力を伝える機会をいただくようになりました。
 
 虫を知るための「入口」を一つでも多く作り、昆虫の減少の速度を少しでも遅らせること。それが私の現在の目標です。そして「伝える側」として出来ることを尽くした後、自らも研究や保全の現場に身を置ければと考えています。

 昆虫は約4億年という長い年月を、形を変え、環境に適応しながら生き抜いてきました。しかし現在、世界の昆虫の総数は、年間1〜2%という驚くべきペースで減少しているとされています。その多くの原因は、人間活動によるもの。4億年に比べれば、私が生きる100年という時間は刹那ですが、このままでは100年後の地球環境は変わり果てたものになっているでしょう。


 「 私は 100年後も、多様な虫たちに会いたい 」


そのために何が出来るのか、これからも考え続けたいと思います。

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Last update: 1 Mar, 2026